4/4 金
世界遺産ベルン旧市街観光
フランスの高速鉄道。最高時速320キロ。
パリ市にある「リヨン駅」の時計台
「リヨン駅」という駅名はパリからリヨンへ向かう鉄道の起点、あるいは旧パリ・リヨン鉄道の駅という意味である。パリ市内やその近郊では単に「リヨン駅」と呼ばれる。なお、リヨン市には「リヨン駅」という名の駅はない。
定年間際で病気を患い早期退職したそうで、その時に人生観が変わり海外旅行を楽しんでいるとのことだった。
大学生のお孫さんとの二人旅。5日目にご婦人には大変にお世話になった。
また、大学生のお嬢さんにもWiFiのつなぎ方を教えていただいた。
2階席の真ん中あたりに食堂車があり、軽食や温かい飲み物を頂くことができる。
パリからリヨンを通ってジュネーブに着く
スイスの物価と月収
『スイス人の平均月収が50万円、 最低賃金は34万円 。レジのアルバイトは時給1,500円、家のお手伝いさんは時給2,500から3,000円。
物価ランキングでも世界一高いスイスで日常生活で見慣れた価格は、卵10個が 約580円、トイレットペーパーは12ロールで 約750円 など等。(ちなみに1.5リットルの水は約950円。
市内中心部の2LDK(60~70平方メートル)の家賃は、約16万円から約25万円。』
ベルン
ベルンのバラ公園にはバラではなく水仙が咲き誇っていた。
ベルン熊公園
熊が4匹飼われていると言うが、3匹見つけることが出来た。
『ベルン(Bern)という市の名前の語源については、幾つもの説がある。その一つにベルトルト5世が近隣の森で、一番初めに仕留めた動物が熊だったことから、 熊=BärにちなんでBernとされたと言う説が好まれているようだ。』
川を挟んだ隣がバラ公園、そこからのベルン旧市街の景観
バラ公園の土手には、ソメイヨシノの桜の花が満開だった。
ベルン旧市街地に入る
大聖堂
時計塔
時計台の前でパフォーマンスをする大道芸人に気を取られてしまった。
グリンデルワルト
スイスの大学進学率
『人口比でノーベル賞受賞者数は世界最多、国民一人当たりの特許申請率も世界トップレベルのスイス。大学生の学力低下が叫ばれて久しい日本とは対照的に、スイスの大学は教育レベルの高さで国際的高水準を保っている。大学に進学する若者は約20%と、スイスの大学進学率はかなり低い。その理由は、9年間の義務教育終了後、大学進学に向けた普通高校と、学校と実務を兼ね備えた職業訓練とに教育の道が分かれるからだ。』
『中間試験では4割の学生が試験に落ち、さらに卒業試験では2割の学生が落ちた。卒業試験には六つの口答試験と三つの筆記試験があり、そのうちどれか一つでも合格しないと、半年後にまた全試験をやり直すことになる。再試験にも失敗すると、もうその学科にはいられない。それまでの5、6年間が無駄になってしまう』
ベルデーレホテル
スイスのホテルは四つ星だった。
二部屋あり、寝室の横にはトイレとシャワールームが別に備え付けられていた。
もちろん居間の隣のシャワールームはバス付きであった。
手前は居間で奥が寝室である。
しかしながら、私たちの部屋から見えるのは中庭だった。
一方、他の方達は、スイスの山々が間近に見える最高の部屋であった。
(緑色) 軍隊を保有していない国家。
(青色) 志願制の国家。
(オレンジ色) 3年以内に徴兵制を廃止予定の国家。
(赤色) 徴兵制を施行している国家。
(灰色) 不明。
ふと感じたことは、日本はアメリカ頼りで、今の自衛隊で国が守れるのかと考えてしまった。ま、中国や韓国が攻めてくるのは、私が死んだ後だろうから。いいか。
[2014/04/10 07:17
標高3571mのスフィンクス展望台
4/5(土)スイス観光
本日は、世界遺産ユングフラウ観光である。観光時間約6時間。
グリンデルワルトの朝の風景
クライネ・シャイデック駅でユングフラウ鉄道に乗り換え、ヨーロッパ最高地点の鉄道駅、ユングフラウヨッホ駅へ向かう。
ユングフラウヨッホ駅
駅からエレベーターで標高約3571mのスフィンクス展望台へ登る。
標高3571mのスフィンクス展望台
手に持っているのは、ユングフラウヨッホ訪問証明書である。
ユングフラウ鉄道開通100周年記念アトラクション
氷の通路を通って行くと、そこには氷の作品があった。
展望台の外に出ると、そこは氷点下の世界。
あっという間に手はかじかんでしまった。
寒さの中、これでもかと記念撮影。
世界遺産アレッチ氷河
待ちに待った昼食。
ユングフラウヨッホ駅のレストランでのスイス料理を食べた。
名前は忘れてしまった。
なにやら、怪しい外国人が迫ってきて、キャーキャー騒ぎはじめた。
画像には見えないが、面白い日本人女性を見つけて、喜んでいるようだった。
パトラッシュを中心にして35人の記念写真
ツアー客の中に、どう見ても怪しい人物がいた。
全員が無事、下山することが出来た。
3571mというと富士山の高さに近い。
空気が薄く、酸欠で頭が痛くなった。
帰りの電車の中で、先ほどの商売犬パトラッシュとの撮影である。
本当は、タレントなので無料での撮影はお断りなのだが。
気持ちはハイになって、誰とでも見境無く記念写真を撮る。
ポイントは首に巻き付けている自家製の「藍染め作品」である。
かなり低い所まで列車は降りてきて、車窓からはのどかな麓の風景が見渡せる。
「具合はどう?だいじょうぶ?」
「うん。なおった。酸素が薄くてね、手が動かなくなったのよ。」
続いて、バスに乗ってザンクトガレンの観光へと向かった。
世界遺産ザンクトガレン修道院内大聖堂観光
ザンクト・ガレン修道院 - Wikipediaスイスからドイツに行く途中にオーストリアの一部を通過した。つまり、今回の旅は、フランス→スイス→オーストリア→ドイツの4カ国巡りの旅であった。
オーストリアの家並みと風景を車窓から撮った。
そして、バスはホテルに到着した。
しかしながら、私の体調は、最悪の状態となっていた。
パリでもスイスでも、田舎ものの私には、あのカッチカッチのパン食は、なじめない。
それどころか胃酸過多で、胸焼けが悪化してしまっていた。
ホテルビッグボックス
ホテルビックボックスのとなりの総合スーパーに、妻と二人で胃の薬を買いに行った。
薬屋さんには薬剤師さんのような女性が二人いたが、どちらもドイツ語を話した。
私はフランス語ならペラペラだが、ドイツ語は苦手だった。
英語の少し話せる妻が、なんとか「胃酸過多」というのを説明した。
私が持っていた「太田胃散」のサンプルを見せたが、日本語で書いてあった成分表を理解して貰うことは出来なかった。
なんとか、妻の英語と私のパントマイムで、薬を買うことは出来た。
夕食のメニューである。
[2014/04/10 19:26